扉絵(トップページカット)について

こちらのレポートはHNまろみーさんからの御質問を受けて作成しています。(2005/6/6)

ポスター画像 扉の画は、『東京国際アニメフェア2005』に足を運ばれた方は御存知かも知れません。
前述のイベントにて出展したポスター素材です。この時会場でPV(パイロットフィルム)も上映しております。
私は出品のみでイベントには参加していないのでイベントそのものの空気や詳細はわからないのですが、 一般の方でもレポートを書いてらっしゃる方がいるようなので、そちらを参考にして頂けると・・・。


『地域的英雄 OTー03(おとうさん)』
企画/原作・監督 佐山聖子
キャラクターデザイン 熊谷哲矢
企画協力 ハルフィルムメーカー

※キャラクターデザイナーは『スーパード−ルリカちゃん』のデザイナーと同一です。
内容的には、画を見て頂くとおわかりになると思いますが、ヒーローものです。そしてタイトルに注意して頂くと予想がつくかと思いますが、 主人公はオッサンです。
オッサンとその一人娘のギクシャクした関係が織り成す『ハートフルコメディ』といったところでしょうか・・・。(^^;)
私は昔からヒーローものの『ヒーロー然』としたところが苦手でした。『無償の奉仕』『絶対的な強さ』に人間味を感じられず、感情移入がしづらかったのです。
人は自分にないものに憧れるものですから、ヒーローにそれを求めるのは当然の事なんですけども。
ただ、ヒーローだって人並みに悩みもするし、人を助けるのにもそれなりの理由があるはず・・・。その理由だって実に個人的なこともありうるのでは・・・。 充分な能力が備わって無くても、ヒーローにならなければならないこともあるのではないかと私は常々思っていました。
でも助けられる側はヒーローのそんな事情なんて結構お構い無しです。まぁ彼等ヒーローも見返りを期待しているわけではないのでそれでいいのかもしれませんが、何か 腑に落ちないものを感じます。『他力本願』っていうんですか?ヒーローが助けに来てくれるのを待っているというのは、本当に世の子供達に夢を与えているのだろうか という疑問もあります。本当に夢を与えるっていうのは、『強いヒーローが現れて自分達を救ってくれる』ことではなく、『たとえ力が及ばなくても、自分自身が誰かのヒーローになる』 という前向きな気持ちを見せてあげることなんじゃないかな・・・と。 世界を救うなんて大それたことはできないけど、誰でも大事な誰かのためにならヒーローになりたいのではないか・・・それこそ老体に鞭打ってでも!
日曜日はだらしなく見えるお父さんも、実はみんなそんな気持ちで毎日を戦ってるんだと、子供達が感じてくれればと思ってこの企画がスタートしました。
     
正義 未来 慎吾 OT-03
イベントで上映したPVのカットを少しだけアップします。左から主人公・正義、娘・未来、未来の彼氏慎吾、正義の変身後OT-03です。
あまり多くは乗せられないの、ごめんね(^^;)
扉絵の権利表記を見て頂けると判るかと思いますが、私個人の権利物ではありません。ハルさんも権利を持っていて、なおかつ私に代わって権利申請をして頂いておりますので、 ハルフィルムさんの不利益になることはできませんので、あしからずご了承下さい。てなわけで、海外を含めハルさんの方で権利申請しておりますので、いないとは思いますがこの サイト内の『OT-03』にかかわる画像その他の内容を無断で頒布したりする行為は、私はともかくハルさんに法的に訴えられる恐れがありますので、絶対にしないでくださいね。

以上が扉絵の詳細です。この作品のアニメ制作に関しての情報は、私個人に公開の権利がありませんので、ハルフィルムさんの方からの情報提供をお待ち下さい。



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